
結婚相手がただただ優しくて、自分にとって都合のいい相手を選んだ場合を考えてみましょう。相手は羊のごとく従順で、自分に逆らうこともない性格の人ですと、確かに結婚生活にはあまり波風は立たないでしょう。果たしてそうした結婚生活に本当の安らぎと満たされた幸福感が生まれるのでしょうか。
人の本来の性質はそれでは満足しないようになっているように思えます。結婚生活には目先の安らぎだけでは満たされない、例えつらく困難が伴っても二人で築きあげ、創り上げてこそ満たされる部分を併せ持っています。
なぜ人は特定のパートナーを選び、特定のパートナーだけに心が惹かれるのでしょうか。それはその人と深く関わりを持ち、その人でなければならない必要性があることを意味しているのではないでしょうか。その人と結婚することによって、例えいさかいが絶えないとしても、そのことに何かの意味があると考えられます。
私たちは幼児から今日まで様々な経験をし、心の中に独自の問題をかかえこんでいます。例えば親から愛されなかった人は、「私は誰からも愛されないのだ」といった苦しくつらい思いを溜め込んでいます。
こうした根の深い意識は、結婚生活においても様々ないさかいや困難を引き起こしますが、また救われていくのも結婚生活を通してなのです。
そして二人は困難や葛藤に向き合いながら成長へと向かっていき、内なる何かは、私たちを成熟させ自己拡大へと導きます。
結婚相手は、自分の奥深くの心の響きに最もふさわしい相手を無意識的に選んでいるのです。必ずしも添いとげるべき結婚ばかりではありませんが、二人が争い傷つきながらも、お互いをかけがえのないパートナーだと、そして導き手だと認め合ったとき、二人は確実に進歩し助け合えるようになります。
ここに気がつかないと破壊が訪れかねません。