
夫婦喧嘩には他愛もないものからすさまじいものまでいろいろあります。そうしたいさかいは悪いとは言い切れません。内に不平不満の感情を貯めこんで、ストレスに悩むより遠慮のない思いを口に出すのは必要なことです。
またいさかいは夫婦の間に横たわる問題に気づかせ、その解決にと向かわせてもくれます。
しかし、夫婦喧嘩がいがみ合いにまで発展し、相手の弱点を並べ立てたり、はてしのない口論、挙句のはてに激怒、ここまで来ると修復が大変です。
こうしたいがみ合いをする夫婦は問題解決の方法をなかなか見つけられず、結婚生活を長きに渡ってうっ積した感情で過ごすことになります。
夫婦のいがみ合いの原因を相手の欠点とか、お金の使い方、家事のやりかた、考え方の相違などに見ているとなかなか解決しません。そうした問題点が起こってくる本当の原因に気がつかないからです。
結婚問題にはこうした原因の奥に本当の原因が潜んでいる場合が多くあります。夫婦は他のカップルと違って
生まれてからのさまざまな心の問題、葛藤やコンプレックスといった全てが絡み合っています。
例えば、私の場合なのですが、妻のおろかさが嫌で「あれさえなければ」と随分妻を非難していたものです。でも妻に現われている問題は、妻だけの問題ではなく私の問題だったのです。私の心深くで、自分の過去行ってきた
おろかさに自己嫌悪し、自分のおろかさを見たくなかったのです。つまり自分の心の奥に横たわる問題から目をそむけているから、その隠れた心を妻に投影して妻を非難していたのです。夫婦の問題は相手の問題に見えて、実のところは自分の問題の投影でもあるのです。
夫婦はいさかいがかき立てる隠された内面の痛みや感情を
話し合う必要があります。
相手に対して心の傷や恐れ疑いなどを心を開いて語り合えば、夫婦の絆は一層深まり、高められていきます。これこそ夫婦のいさかいの起こり来るわけでもあるのです。

結婚生活に限らず人間関係において相手を一番苦しめるのは束縛です。結婚生活においてはこの束縛が起こりやすいのです。
どちらかというと女性の方が束縛感を多くいだいているように思えます。よく夫に先立たれた妻が、
始めの頃は悲しみに浸っていても、やがてこれまで以上に生活を楽しむようになる例は頻繁に耳にします。これなども女性の開放感を表わしているのでしょう。人はのびのびとした開放感を感じているときが一番楽しいのです。
束縛のなかには相手の行動を意図的に束縛するのもありますが、束縛をしている実感のない束縛もあります。
夫婦になると遠慮がいらないものですから、自分の思いをストレートにぶつけます。
多いのは自分が正しいと思っている考えを相手に押し付ける人です。これなども目には見えない束縛です。例え正しくても押し付ければ、それだけで相手を束縛しているのです。これは大変な間違いです。私の犯した最も大きな過ちの一つです。
相手の間違いが目に付き、こうすればいいのにとつい口を出してしまいます。こうして度重なる口出しは、次第々に相手ののびのびしさを失わせ、結婚生活に重苦しさを与えることになります。
人には間違っていられる自由があるのです。次の言葉を参考にしてください。
「
私がいつも正しいとはかぎらない。私だって間違うことだってあるのだから、あの人の間違いも許せるはずだ。人には間違っていられる自由もある」