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かけがえのない結婚生活のために
結婚生活 その愛と苦しみ
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結婚生活1

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1. 女性のつらさ "2つのパターン"
結婚している女性のつらさを考えてみる上で、女性のタイプを2つに別けて考えてみる必要がありそうです。


一つはしっかりと自分を持ち、自己主張の強いタイプの人です。こうした女性は生活上での対処の仕方や、考え方をはっきり認識している人です。
問題はその強さ、しっかりさの為に伴侶、あるいは親(とくに父親や義父)との軋轢が起こりやすいということが言えます。しっかり者であるために、どうしても主導的になり、夫なり父などに不満を持ちやすくなります。
母親の場合には、しっかり者の娘(嫁)にゆだねることはそんなに苦にはならないように思えます。男性の場合、妻や嫁が主導的になるのは無意識的にも嫌です。男性には男性の立場があるからです。
しかし、しっかりとした寛容な夫なり父であれば、意見の調整が出来て調和が保てますので問題はないのですが、 その女性から見て、頼りないとかふがいなく見える男性ですと、女性は不満をぶつけたり、あるいは言いたいことを我慢するというストレスが続きます。


もう一つのつらさを抱える女性のタイプは、相手の気持に合わせる優しさがストレスになっている人です。
前者と違って自己主張がひかえめで、自分さえ我慢すれば人間関係がうまくいくと思っています。会話でも人の気持に合わせたりしますので、自分の本当の心を出せない人でもあります。そうしたおとなしさ優しさ故に、心の中はいつもモヤモヤしたような感じがしたり、人間関係では自信のない生き方をすることになります。
こうした人は頼まれ事もなかなか断れず、自分で負担を背負い込みストレスが溜まります。


男性の私からみますと、結婚している女性の生き方はむずかしく、そして非常に大切な役割を担っているように思えます。自分が中心でもありながら男性を立てる、ひかえめに振る舞いながら活気をおびた生活をする、そしてバランスのとれた自己主張、まさに女性の生き方は人生修養そのものではないでしょうか。

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2. 結婚 ある例
男と女はさまざまな出会い方をし、結婚に入っていくのですが、不幸な結婚に至るひとつの出会い方を見つめてみます。
ある女性なのですが、夫となるその男性に最初に出会ったときは、「何てイヤな男なんだろう」と思ったそうです。でもやがてお互いが好きになり、一緒にいる時間が楽しく感じられ、結婚へと進み、やがて子供も出来、平凡ながら幸せな結婚生活になるはずでした。
しかし、楽しい新婚生活も二年とは続かなかったのです。
家の中では会話もなく、息のつまるような生活へと変わっていったのです。夫をとても好きになれず、尊敬もできない、つらい家庭生活になってしまったのです。


人の出会いや結婚という出来事は、たまたま偶然に出会った結果ではなく、その人の生きる流れの中で必然的に起こってくるものと考えられます。
その人の心が無意識的に出会いや結婚を選択しているとも言えます。
幸福な出会いや結婚をする人は、自分で正しい選択をし、不幸な出会いや結婚をする人は、やはり無意識的にしろ自分で不幸な選択をした結果なのです。


この例の女性の場合、無意識的に嫌いな男を選んだと考えることができます。そうした男性の選び方は、人間関係のなかでも父や母に大きく関わってきます。
特に男性との関わり方は、父への自分の無意識的な感情が左右していると言われています。
幼子は生きていくためには、どんな父であれ、どんな母であれ好きにならなければなりません。母か父のどちらかにしっかりと愛されていれば、ある程度父母には自分の本当の感情を出してもいけるのですが、 父に頼って生きるしか選択がない場合、その幼子は、父を嫌っていても自分の本当の感情を抑え、父に好かれようと努力します。
こうした人間関係による心の習性が、成長してからも無意識的に働き、本当は嫌いな男性を好きになる努力をしてしまっていると考えられます。


とても恐ろしいことですね。でもこれが人です。人の心の働きです。
特に父の生きる姿、生き様は娘の生活態度や性行に大きな影響を与えると言われています。
大切なのは自分に与えられた環境から、何かを学び、自分の本当の心、気持をしっかりと見つめることではないでしょうか。
心の抑圧が出会いや結婚、人間関係にひずみをもたらします。自分の本当の思いや気持、考えをすなおに表現していく努力をする・・・これこそ個性的な、より深みを持つ生き方を創りだしていくものと確信します。

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3. 多くの夫は妻の外出を喜ばない・何故か
話し方教室をしていて感じることなのですが、日曜日の催しには比較的に主婦の参加が難しいのです。小さい子供がいる場合は当然のこととしても、子供が成長してしまっている方でも、非常に出にくいように見受けられます。
それだけ夫がいると出にくいのでしょう。
今の時代は女性も独身時代には自由闊達に生活してきたぶん、こうした束縛を感じる結婚生活にはさぞ窮屈な感じがあるのではないかと思います。女性にとっては結婚生活への不満やつらさの部分ですね。


妻が夫の許可を得て外出しようとすると「なにもそこまでして行かなくても」と妻の出かけるのを止めるかのように応答しがちだと推測します。
もちろん中には理解のある男性もいて、妻の行動を何のとらわれも無く自由に認めている方もいるでしょう。
何故多くの夫は妻の外出をあまり喜ばないのでしょうか。


男性は妻と母を心の深いところで同一視しています。特に幼児期における母との関係を妻との関係に反映させると言われています。
例えば、幼い頃しょっちゅう母に無視されていた男性は、妻に同じように無視されると、無性に腹を立てます。 私の場合は、母にいつもガミガミ言われていたせいか、妻にガミガミ言われるとカッとなったものでした。


幼児期にはいつも母が側にいてくれるだけで、安心して遊んでいたのです。母がいないとわかるとすごく不安におそわれます。実は、男性と妻との関係はこれに似ているそうです。妻がそばにいてくれないと、非常に淋しいのです。
必ずしも妻を束縛しておこうというほどの気持ではないのです。これはそれだけ妻を愛していると言えます。心の狭い人と決め付けないでください。男性の無意識的欲求なのです。
夫婦という人間関係を見るのにも、現われの奥にある心の働きまで見ると、また違った捉え方、見方ができて味わい深い結婚生活になります。

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4. 離婚の危機を迎えないために
往々にして結婚する前と結婚した後からでは、二人の人間関係に何かが違うと感じる場合があります。
俗に「釣った魚にはエサはやらない」という結婚後の男性の態度を表した言葉がありますが、これは男性に限らず女性にも当てはまります。
結婚前の二人は、お互いに相手の愛情と信頼を得ようとして、自分のいい面を出します。そして相手の要求や望みには出来るだけ配慮して、なんでも受け入れようと努力します。ですから比較的に相手のボロは見えません。


しかし結婚生活に入ると、しばらくはその悦びと新鮮さで二人の結婚前の心使いが続きますが、時間的経過とともに二人の人間関係に変化が出てきます。
もうお互いに得てしまっていますので、相手の要求や望みを受け入れるように努力をする必要がなくなります。そしてお互いに地が出てきて自己主張が始まります。
これから結婚する人は、結婚相手を評価、判断するとき結婚後のこうした変化を考慮に入れておく必要があります。


人間関係の難しさはこの自己主張にあります。自分の考えや気持、思いを相手に伝えることはとても大切なことです。相手への思いやりから自分の主張をしないで言いたいことを我慢すると、こらえこらえしているのが耐えられなくなった時に破局が訪れます。破局に至らなくてもあきらめの結婚生活になったりします。


逆にこの自己主張が強すぎても、衝突ばかりで破局を迎えます。
最近、人間関係を語るとき、自己開示メッセージという表現がよく使われます。これは自分の思いや気持、考えをすなおに相手を傷つけないで伝えるということを意味しています。
夫婦という人間関係にも、この自己主張のやり方が大切になってきます。
つまり、自己主張と思いやりのバランスです。そして自分の主張の伝え方です
結婚生活をこうした捉え方をしますと、まさに自分を磨く場でもあることに気がつきます。


女性から大変な反発を受けるかもしれませんが、二人の主張がぶつかり、どちらも譲れない状態になったときは、夫の主張を立てましょう。
重心は一点の方が安定します。また、一つの舟に二人の船長がいると、舟は迷走します。安定した夫婦の人間関係は、夫を中心にして、妻がやさしく夫に寄り添うように従う関係が安定します
夫婦そして家族の人間関係は、これで充分ということはありません。生涯何がしかの問題を抱えいつまでも学びです。

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5. 幸せな家庭を築く女性のあり方
幸せな家庭を築くために、女性が第一にしなければならないことは何でしょうか。
よく夫婦は針と糸に例えられます。針と糸は別々の働きをするのですが、一つの目的を果たすために協力していきます。針と糸とは一体になっています。 夫婦という人間関係でも、互いに心が別々にならないで、一つの心になって生きていくことが、幸せな結婚生活を築くためには欠かせません。
結婚生活にとって、第一に考えるべきことは、『夫婦は一つである』という自覚を持つことではないでしょうか。
夫が針で妻が糸という関係で(時には逆のこともあるでしょうが)結婚生活を営んでいれば、人生途上でさまざまな波風があっても、心強く、力づよく家庭を築いていけると思います。


男性からみた良き妻の一つは”新鮮さ”を持った女性です。
結婚生活も古くなってきますと、夫が帰ってきてもいそいそと出迎えるようなことはしなくなりますし、返事のひとつにもおろそかにするようになってきます。いつまでも新婚時代のような新鮮な妻であってほしい・・これが男性の願望です。
いつも何か新しいものを学び身に付けて行くことで "新鮮な自覚" が出てくるのではないでしょうか。


妻の明るさとやさしさが家庭を救います。夫は家族の中心ですが、家庭の中心は妻であるような気がします。
妻が滅多に口もきかず、じめじめと暗いと家族まで心が暗く沈みこんでしまいます。 かと言って我が強く、自己主張の強い人も明るい人とは言えません。
人を包み込むやわらかさ、優しさが女性にとって一番です。それが女性の本来の美しさではないでしょうか。
そうした美しさを現し出す努力が自分を磨くことであり、愛に満ちた幸せな家庭を築くことになると思います。

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6. 夫婦の心は奥深く関連し合っています
夫婦という人間関係においては、仲が良かろうと悪かろうとお互いの心の奥深くまで心が関連し合っています。心というより魂の関わりといった方が正確かも知れません。
感情も表に現われている気持と、奥深くに横たわっている感情とは真反対のこともあります。 表の心で夫(妻)を憎んでいるように見えるのに、奥底の心では痛烈に愛を求めていたりもしています。


夫婦の心は本来一つなのです。夫婦間に起こるさまざまな問題も、夫婦は一体だという心の目で見ると解決も楽です。夫と妻の行為や心などをそれぞれ別なものだという認識のときには、 夫婦でありながら対立していて、なかなかしっくり円満というわけにはいきません。


私の妻も気が強く、同居している私の母に反抗的で、優しい言葉のひとつでもかけてやることはなかったのです。私の目には「何と出来ていない妻なんだろう」と、さまざまな妻の欠点を認めて裁いていたのです。 ただ母の態度から妻の反抗的なところは当然のようにも受け止めてはいました。
このように妻の心や態度は妻のせいとして私とは別個に見ていたのですが、ある時気がついたのです。私が妻の欠点を見て裁いているから、妻の内心は面白くなく、その面白くない矛先を母に向けているんだ、 妻の母に対する態度は私の心の影であったんだという思いに至ったのです。


私の妻への愛の出し方もまだ充分ではないのですが、それでも妻の母への接し方が以前と変わってきました。嫌がらずに一生懸命面倒をみてくれているのです。
夫婦の心は一体です。自分の心が変わったときに相手が変わります
夫(妻)の現われは自分の姿でもあるのです。私と妻の心が変わり、私の母への観方も変わったら不思議なことに、ベランダでおしっこをしたりする認知症の母が粗相をしなくなりました。
夫婦に限らず、家族の心は奥底で一つにつながっています。 表でいさかいしているように見えるときでも、本来の心は愛で結ばれています。

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7. 過去の恋人への追憶のもたらすもの
夫(妻)と私はもう心が離ればなれだから、私の考えていることなんか夫(妻)にはどうせわかろうはずがない。
そう考えていませんか。確かに言葉で表現しない限り具体的に何を考えているのかはわかりません。 しかし夫婦は心の深くまでつながっていますから、相手の心が自分を裁いているとか、妙によそよそしいとか相手の心を敏感に察知しているものです。
特に夫婦の心が離ればなれですと、表の心ではどんなに強がっていましても、 本当の心はとてもむなしく淋しい気持におそわれます。


結婚生活がうまくいかない時など昔の恋人が懐かしく思い出されたりします。
過去の思い出は美化されて、都合のいいように解釈していきますので、昔の恋人や、思いの人に心を入れ込みます。 実際に結婚をしていれば、思わぬ欠点が出たりして空想のようにはいかないのでしょうが、思い出として一緒にいる相手はとても理想的に美化されます。
心の中に昔の恋人がいる間は、今の夫(妻)を卑下したり、欠点ばかりを捜しだしたりします。夫婦の心はますます離れるばかりです。
本当の幸せは思い出や空想にはないのに、とても愚かなことです。夫婦は一体ですから、相手のこうした思いは伝わります。そこに夫婦の悲劇が起こります。相手は心の奥におそいかかってくる淋しさをまぎらわすために、酒や遊びなどの心をまぎらわす行為に入っていったりしますし、不倫行為もそんな時に起こりやすくなります。


過去の恋人への追憶は、決して自分を幸せにはしません。現実でもない思い出で現実の結婚生活を不幸にします
本当の幸せは夫婦の心が一つになっているときです。相手を悦ばせたとき自分の心が幸せにつつまれます。そうした相手を悦ばす努力を続けているうち、相手が変わり、欠点も消えていきます

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8. 女性の魅力は優しさ、やわらかさ
女性の魅力は優しさ、やわらかさにあると思います。もちろん知的であることも素敵な女性のひとつです。しかしかたくなな理論で相手へつっ込んでいく硬さは男性から見ると素敵な女性らしさを感じません。
結婚生活のなかで女性にこの押してくる硬さがあると、夫婦の人間関係がぎくしゃくしてきます。
女性らしさ男性らしさはその身体に特徴があるように、男性が剛で女性が柔です。女性はすべてをやわらかく受け止めてこそ本来の役割を果たすと言えるのではないでしょうか。 私が思うに女性はそれだけ人として高度さが求められているような気がします。


女性の優しさはかけがえのない宝石です。もし人類から女性の優しさを取ったらたちまち殺伐とした荒涼世界が現われるでしょう。
女性にとってはこの優しさをどう現すかということが大切になってきます。
結婚生活に何か不平不満を持ったままで、自分さえ我慢をすればという心もちは優しさではありません。ここがとても大切です。「私さえ我慢すれば人間関係がうまくいくのだから」というのを優しさと思っていませんか。 確かにその場はうまくいっているように見えますが、本当の調和ではありませんのでいつか必ずほころびが出ます。我慢をしているストレスが飽和状態になった時、結婚生活がほころびます。


女性の優しさは心の中で我慢をすることではなくて、外に優しさを現して自分の考えも述べ、 人の考えや気持も受け入れる心です。こうした輝くような女性の優しさは、夫や家族の純粋な愛があって初めて出てきます。夫が低度な愛で妻を扱うと妻から優しさが失われていきます。ひどい男性と一緒になった女性は魔性さえ現し、子どもにさえ優しさを出せなくなったりもします。
女性の優しさとやわらかさが結婚生活に調和をもたらすと言えるのではないでしょうか。

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9. 夫婦仲が悪化する原因
結婚生活がしだいにしっくりいかなくなる原因の一つは、相手をとがめるようになるからではないかと思います。
結婚生活も落ち着き、お互いに遠慮のいらない人間関係が出来上がってきますと、相手の欠点が気になりだします。 夫婦は愛しあっていますし、遠慮のない間柄ですから相手を良くしたいという思いから、相手の欠点を言います。やさしい言い方ならまだしもとがめる口調で言ったりします。これが人を一番不愉快にさせる元です。


自分の欠点は言われなくても自分が一番知っていますから、言われるとひどく気になります。人間は人から自分の欠点をとがめられることを非常に嫌います。ましてや自分の好きな人には欠点に触れてもらいたくありません。
ですが夫婦ですと良くしてあげたいという妙な正義感で遠慮会釈なくとがめたりします。しかしこれは全くの無知な態度です。逆に自分の欠点をとがめられてうれしく治せるでしょうか。
こうした相手の欠点をとがめるという行為は、結婚生活を破綻させかねません。


夫婦は「補足の原理」で結ばれていると言われています。男性にも女性にも完璧な人はいないわけですから、みなそれぞれに不完全を抱えています。夫婦はお互いにその不完全なところを補い合う「補足の原理」が作用する関係です。
気の短い者同士が夫婦であるより、片方がおっとりした人であった方が万事うまく運びます。二人とも細かいところまで気がつくタイプでしたらまわりの者はとても住みにくくなります。
相手の欠点にとらわれて、美点を見落としたりしていますと、とっても大切な二人の仲を失いかねません。 愚かなことです。欠点1に対して美点2を表現するようにすれば結婚生活が悪化することはないでしょうに。私への自戒をこめて。

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10. なぜ妻以外の女性を求めるのか
多くの男性は妻以外の女性に関心を持ちます。もちろん女性の中にも夫以外の男性に関心を持つ人はかなりいらっしゃるでしょう。
人は異性の肉体の美しさや、容貌の美しさに魅せられて心が相手にとらわれてしまいます。 そしてその人を我がものにしたくなります。人はその人生においてこうした我執の思いを幾たびか経験し、中には道をはずして実際の行為にまでおよぶ人もいらっしゃいますでしょう。
なぜ私たちにはこの抜き差しがたい欲情が、内側から催して来るのでしょうか。そして欲情に乱されない心安らかな調和の境地は存在するのでしょうか。これは私にとっても非常に大きな問題でもありました。


この問題は文学や映画などでも賑やかに取り上げられています。それだけ人類にとって大きなテーマなのでしょう。
人は肉体として生まれてきています。そのために「種族保存の本能」ともいうべき欲望を内にもっています。異性に性的に強く引きつけられるのはこのためと言われています。
人はこうした性的に引きつけられる感情を愛と思ったり、恋愛と定義をしたりしています。私たちが思い惑っているのはこうした愛であり、恋愛なのです。これらの愛は本能を完うすると、自然に消えて相手をうとましくさえなってきます。そして次の異性に惹かれていきます。


一方、真性の出会いともいうべき人との愛、結婚生活をとおして培ってきた愛があります。こうした本当の愛は相手が必ずしも美貌の女性であることや、立派な体格の男性であることを要しません。「あなたのそのまま」が好きであり、「あなたがいるだけで幸せだ」と感じる愛こそ本当の愛です。
本当の愛は、一時の性的感情から生じる恋愛ではなく、もっと静かなものであり、自分の内深くから催してくる理性的意思であると言われています。


私たちはこの真性の愛と「種族保存の本能」からくる思いのはざ間で、心が葛藤しています。私たちの「理性」が「種族保存の本能」と闘っているのです。
でもやがて人は高い徳性に導かれ葛藤の世界を脱け出す時がきます。結婚生活に愛を全うする完全なる愛の道へ突き進むことになります

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