かけがえのない結婚生活のために
結婚生活 その愛と苦しみ
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結婚 人間関係

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11. 女性と女体の違い
今の時代、悲しいことに「女性の神秘的な美しさ」がどんどん失われていっているように思えます。女性の美しさは、優しさ、優美さ、奥ゆかしさであり、そうした内に秘めた雰囲気が人を魅きつけます。
特に女性の性的なものには、いっそう神秘的な美しさや魅力が漂います。
今日こうした神秘的とさえ言える女性の性が白日のもとにさらされ、こんな刺激をあたえればこんな収縮作用をおこすというような、女性を生理的機械にまで堕としめている風潮を感じます。 これは女体であって女性ではありません


男女同じに性を解放しても、女性にとっては本来の神秘的な美しさが損なわれてしまう結果になります。女性の自覚が正しくないから自分を女性ではなく女体にしてしまうのではないでしょうか。人は肉体を超えた存在です。
女性がその魂ともいえる肉体を超えた生命を自覚したとき、神秘的は美しさを自分のものにすることが出来るのかも知れません。


結婚生活で女性が幸せになる秘訣は「あァこの人を幸せにしてあげたい」と夫から切に思われることです。女性が人として当然の権利のように性を享楽し、自らを女体にまで堕としめますと濁りのない幸せな結婚生活を手にするのは難しくなるような気がします。
男性は尊敬できる女性を妻にしたとき悦びや幸せを感じます。「この人を幸せにしてあげたい」という男性の思いが幸せな結婚生活を築いていきますが、中には無意識的破壊願望をもつ結婚生活もあるのです。そこまでいかなくても妻への愛情に濁りがあると、積極的な幸せな結婚生活を築くのに無意識的に抵抗します。
結婚という人間関係には夫と妻の全人格が色濃く影響し合います。
女性が清楚で奥ゆかしい魅力を失い、自らを女体としての生き方をしてきますと、その人を妻とした男性は向上心を失い惰性の生活に流されます

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12. 女性は大地です
女性は大地に例えられます。妻が大地の働きの役割をするからです。
大地は蒔かれた種から作物を産み出します。女性の役割は子どもを産み育てますし、 大地のように一切を受け入れ包容し、家庭や職場の平安を創り出す働きもします。
大地が作物を育てるのには潤いが必要なように、子どもを産み育て、そして周りを平安に整えるにはやはり潤いが必要です。 この潤いこそ男性にはない女性の天分なのです。結婚した男性が家庭で "うるおえる" と言うのは、妻の潤いのお陰です。ですから潤いを無くしてトゲトゲしい妻がいる家庭ではうるおえません。


「ウチの旦那は能力がないから出世しないわ」などと、夫の働きや能力と妻とはそれぞれ別の働きで、あまり関係ないと思われているかも知れませんが、夫の出世も成功も繁栄も妻次第だと言われています。
まず夫が「この妻を幸せにしてあげたい」と思わなければ幸せを創れません。
妻がカサカサの心で夫に不平不満を持った結婚生活ですと、夫もゆとりをもった十分な力が出てこないでしょう。


「こんな女を妻にしたのは百年の不作だ」という言い方は女性の働きの大切さを表わしています。妻が夫の希望や目指す方向と反対の方向に動き出すならば、 家庭に何も実りません。それこそ不作に終わります。
夫の成功や実り豊かな家庭を造るのは、大地としての女性の働きが不可欠です。妻の潤いとは愛と優しさと温かさと心の美しさです。

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13. 結婚で幸福になれない女性
女性の中で自分が悪いということがわかっていても、絶対謝らないというほどの強い性格の人がいます。実はこういう女性が結婚生活では幸福にはなれない人です。男性でこうした傲慢な女性を好きになる人は一人もいないからです。
結婚生活でのトラブルの原因はほとんど些細なものです。その些細なトラブルも対処のしかたで大事にまで発展します。それは男性にしろ女性にしろ、言葉や態度の表わし方次第なのです。相手の言葉や態度がカンにさわってくるのです。


結婚での人間関係では、こうしたいさかいが起こった状態をどう収拾するかが大切なのです。この時大切なのが相手への思いやりです。相手への思いやりがあれば素直に「わるかった」と謝って簡単に仲直りができます。思いやりがお互いにある夫婦ならば和解も簡単なのですが、 お互いの性格から思いやりの姿形が消えてしまっている場合、事態はどんどん悪くなります。
自分の方から謝ることのない傲慢な妻ですと、夫は思いやりを持つどころか愛想を尽かします。夫婦の間から会話が消え、夜の関係もなくなります。


女性が前に出て夫を突いてくるような強い性格ですと、結婚生活は破綻します。女性の特質は「やわらかさ」にあります。言葉づかい、身体つきすべて女性の特徴は柔らかくできています。
結婚生活においても女性が特質を生かし、夫をやわらかく包むようにすれば 幸せな結婚生活が現われます。やわらかく自分が折れる、夫を立てる、こうした妻ですとトラブルの解決も簡単です。
剛は男性の特質です。それを女性が表わすと家庭が乱れます。

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14. なぜ恋が成立するか
なぜ恋人時代は楽しくて幸せだったのに、結婚して幾年月か過ぎれば夫婦の人間関係にひずみが出たりするのでしょうか。
恋は「あばたもえくぼ」と言われるくらい、相手のすべてが良く見えます。 相手の欠点というあばたさええくぼに見えるのです。相手の長所しか見てないからです。欠点やキタナイところも気にかけないで受け入れるんですね。長所だけを見て讃め合っているから恋が成り立つんです。


ところが結婚生活に入るといつの間にか、相手の欠点ばかり見てなじり、相手のいいところはあたり前のように思い、言葉に出して讃めることをしなくなります。この相手のいいところを見て讃めるか讃めないかというところが、 夫婦と恋人の違いなのです
ですから今夫婦関係が思わしくないと言う人は、構わず相手を讃めればいいのです。これが夫婦円満の秘訣ではないでしょうか。世の男性は会社やよその女性はいくらでも讃めるくせに、 自分の女房には一つも讃めることをしないのは、考えてみればおかしな話です。隣の奥さんを讃めてもわが家はひとつも幸せにはなりません。讃めることで味気なくなった結婚生活が変わります


もう一つ結婚生活にひずみが生じる原因に、相手に求めることばかり考える自己中心的な心の問題があります。「こうしてほしい。ああしてほしい」という求める心は、結婚生活の慣れから起こってきます。わがままが出るのです。
恋人時代のように、相手に喜んでもらうという「与える愛」を忘れてしまっているのです。求めるより先に「まず与えよ」です。与えるものが与えられるのです。

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15. 夫を過酷に批評することは禁物
男性は一見女性よりも強くたくましく見えますけども、内面では女性に対してはかなり弱いものなのです。妻に対して表向き強がっていばっていましても、ちょっとした妻の冷たい態度や言葉で内心では気持がすぐにへしゃげてしまいます。
男性は女性からの評価にとても弱いのです。 妻から「ダメな人ね」という感じで言われると、とても傷つきます。多分、心に応えるのは妻が夫からけなされるより、妻にけなされる夫の方がズッと大きいように思えます。女性はやさしいのですけど、心の力はなかなか強いのです。結婚生活における奥底に横たわる支配権は妻が持っていると言えるでしょう。


外目には男性がリードしているように見えますが、男性は妻が喜んでくれるととてもうれしく有頂天にもなりますが、妻から辛らつな批評でもされるとすぐペチャンコになります。ペチャンコになるくらいならまだしも、カッとなって心が荒れます。
それだけ妻の言葉には大きな力があるのです。
人は自分を基準にして言葉を発しますから、 自分の言った言葉が相手にどれだけ影響を与えるかを正しくつかめないのです。結婚生活での思わぬ感情の行き違いはこんなところからも生じます。夫を最も傷つけるのは、妻の辛らつな批評や非難です。女性が結婚生活で一番気をつけなければならない点です
夫に何かを頼んだときでも「あなたどうしてやってくれないの。まったくダメな人ね」 という代わりに「ねえあなた、やってくださいよ。お願いね」と優しく繰り返し言う話し方のほうがはるかに効果的です。


女性らしいやさしい話し方で男性を支配するのはそう難しくはないのです。男性は女性の過酷な言葉にはひどく反応しますが、女性のやさしさや喜びにもとても反応するのです。結婚生活の人間関係においては女性が支配権を持っています。 ただそれを女性が自覚して上手に使うかどうかです

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16. 女性なるもの
女性が社会で立派な仕事をすることと、家庭でよき妻であることとは全く別の問題です。かっては男性だけの職場であった所へも、最近は女性が進出しそのめざましい働きぶりは、生き生きとしてすばらしいものを感じます。まさに男性と肩をならべるそのパワーと権威は男性といささかも変わりません。
しかし、社会的な女性の立場と家庭あるいは結婚生活における女性の立場は違います。家庭や結婚生活では仕事を立派にこなすこと以上に人間関係の調和が第一に求められるからです。もっと簡単に言えば家族、夫婦が幸せになることが一番だからです。


かって、ある有名な女流作家であり、評論家である女性が離婚したのですが、その夫は「妻は自由にならない女性だが、××子は自分の自由になる女性だから、自分は××子を愛している」と言ったと新聞に書いてありました。一方その女流作家は夫が自分から離れていったことを知って女性らしく泣いたそうです。 これは女性が社会的に立派であることと、幸せな家庭を築くこととは別問題であることを表わしています。


家庭の中で男女が同じ権利をもつということは、一つの舟に二人の船頭がいることと同じです。まとまりがつかなくなります。
妻がすなおに夫を受け入れて、夫の要求に従ったときに子を産むことが出来るように肉体的、生理的な 構造になっています。これは古代も現代も変わらぬ真理です。この真理より見るとき結婚生活における人間関係では、妻がすなおに夫に従うとき調和が生まれるということが普遍の真理と言えます


結婚における女性の幸せは、男女平等の理論を家庭で表わすことではなく、この「女性なるもの」の本質を表わすことなのです。夫と妻という特殊な人間関係では、 生々しい遠慮のない感情が交流します。社会における人間関係とは根本において違います。自分が立派であっても、夫がさみしく物足りない思いでいたのでは結婚生活に歪みが生じます。結婚生活での人間関係の自然なそのままの姿は女性が「女性なるもの」を生きることなのです

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17. 結婚 その愛のゆくえ
結婚生活における悩み苦しみは一体どこからくるのでしょうか。
結婚は相手を自分だけのものにしたらどんなに幸せだろうかと思うところから始まります。結婚当初は一体感も強く、お互いへの遠慮もあり幸せそのものですが、 次第に悩みや苦悩の結婚生活へと変わります。
それは遠慮がなくなりわがままな本性が出て来だすからです。そして葛藤や悲しみなどの思いを幾度となく重ね、夫婦としての履歴がつくられていきます。

葛藤や悲しみの元となる大きな要因の一つに 相手の欠点や不完全さに心がひっかかることをあげれます。自分の所有物だと思うから、その欠点や不完全さがいっそう気になり、許せないとまで思うのでしょう。時にはその欠点ゆえに離婚にいたる場合もあります。
結婚生活における人間関係で最大の問題は、この相手の欠点や不完全さにどう向き合うかということです。相手の欠点に心がひっかかると愛情すら無くなったように感じることもあります。


相手の欠点が心にひっかかるのは、相手を自分の所有物 だと思い、自分の思い通りにしたいと思うからです。この自分の思い通りにしたいという思いにこそ問題があります。これは執着の愛です。自分の思い通りにしたいという思いは相手を縛る思いですから、相手を苦しめます。結婚生活での人間関係の 苦しみ葛藤はこの執着の愛がもたらします。


やがて人はこの「所有しようとする愛」「求める愛」の虚しさに気づきます。
「愛は所有しない。愛は愛するだけである」これは誰かが言った言葉です。相手をあるがままに認め、そのままのその人を愛するということでしょう。 その人が私のとなりにいてくれる、それだけでうれしい。その人の存在がどんなにかありがたくうれしいものか・・・そうしたその存在の価値、求めず愛するだけの価値を知るときが訪れます。いつか、きっと。

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18. 性の悦び・不感症
結婚生活における性の問題はとても重要です。結婚生活を語るときこの問題は避けて通れません。ただ現在はあまりにも性の情報が氾濫していて、いまさら性について書くのもはばかられるくらいです。
しかし、性があまりにも肉体的、生理的に取り扱われていますので、私の言える範囲で正しく述べてみたいと思います。


性行為といえば肉体的技巧と言わんばかりに伝えられていますが、はっきり「心の問題」と言えます。
愛を感じない人との性行為は、実にむなしく、行為の途中でも止めてしまいたくなりますし、終わったあとですごく相手が嫌になり、すぐ身体を離してしまいたくなりますが、これは性の悦びは正に愛情の問題であり、その人との一体感であることがよくわかります。


心というものは肉体へどのような影響もおよぼすということは、すでにかなり知られていることなのですが、ことに性に関しては、心の複雑で微妙な働きが作用するところでありますから、その人の思いや潜在意識を考慮しないで語ることは出来ないのではないでしょうか。
とくに不感症の問題など、現われの結果だけを見て「私は不感症だ」とか「お前は不感症だ」とか決め付けることは、絶対してはいけないことと言えます。


不感症になる、(正確には不感症だと思い込んでいる)原因は千差万別あるのでしょうが、ここに不感症になるパターンをいくつか挙げてみます。
女性はきめ細やかな感情をもっていますし、さらに羞恥心も強いですから、性行為のとき、猛烈な反抗と性感に対しての抑圧が働き、悦びどころではない人もいると聞きます。またまだ夫に心からなじんでいない場合なども、心から自分のすべてを捧げることに抵抗を感じ、 性的な悦びを抑制することもあり得ます。これらは女性の男性に「打ち負かされまい」とする無意識的反抗が不感症となって現われていると言えます。


別の例を挙げてみますと、夫とのさまざまないきさつから、夫との性行為を避けようと努めている場合もあります。この「夫の愛情を受けまい」とする 潜在意識の働きも肉体的に現われると不感症という姿をとります。
また潔癖症の人のなかには性行為ははしたないことであり、そんな行為で快楽を味わうことは恥ずべきことと思っている人もいると聞きます。こうした人は自ら感覚を抑圧して、むりやり不感症になっているといえます。


もう一つ例えを挙げますと、過去の恋愛感情をズーと引きずっていて、自分の心をまだ清算しきれないでいる人などにも、無意識的抑圧が働き不感症になるとも言われています。これらを一言で言うと「夫へ愛情をささげることへの反抗」といっていいと思います。
どんなはしたない行為でも、夫婦という人間関係においては恥ずかしくもなく、惨めでもなく夫婦の一体感の悦びを表わす許される行為と受け取るべきではないでしょうか。夫に心から一体感を感じられるようになった時、不感症の問題は解消され、すばらしい悦びを得られるものと確信します

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19. 女性にとって大切な独立性
かなりの女性は美しくなるために一生懸命で、自分の時間の大部分をそのことのためにだけ費やしているように見えます。巷にはエステやダイエットの広告が氾濫しています。 しかし結婚生活にとって最も大切なのは、自分に合った能力を身につけることではないでしょうか。結婚したものの優れた能力や資格、あるいはやりたい目標も特にない場合、 男性に隷属した生活になりかねません。
自分のやりたいことを見つけ能力を磨きながら結婚生活をする女性は、生き生きとし若々しさを保つことが出来ますが、ただ美しくなることだけに 多くの時間を費やしていると、平凡化し、夫から見ると新鮮さのない、人としての浅さを感じさせる女性として映ります。


容貌の美しさだけとかエロティックな魅力は、結婚前ですと 男性を惹きつけますが、そうした魅力は一時的なものです。男性が妻に求めているのは、人として、女性として進歩し向上する方向へ向かっていく知的な女性美なのです。
自分の魅力や価値を損なったとき、女性は男性に隷属した惨めな生活にならざるを得ません。


女性が夫に愛されることのみに依存せず、独立した目標や趣味を持つことは、 健全な結婚生活に大きな役割を果たします。ただ美しくありたいだけで何もないと、女性の愛の衝動が一方的になり、夫からの関心を得ることばかりの生活となり、かえって夫婦関係に 歪みをもたらすことになりかねません。女性が鏡に向かっている時間の半分を能力を磨くために使えば、その人の将来はいっそう輝いたものになるでしょう。

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20. 結婚生活に大切な所属性
結婚生活にとって家という概念は極めて大切です。結婚をするということは、今までそれぞれ所属していた家から独立して新しく家を持つことを意味します。
ここで言う家とは、物質的な家を指すのではなく、夫婦の帰属する処を指します。 例え親と同居をしていても、所属する家は別です。極端な言い方をすると「わが家」は夫あるいは妻のいるところであって、それまで居たところはもはや「わが家」ではなくなります。こうした家の概念が曖昧ですと、夫婦の間にいらぬ軋轢を起しかねません。


夫婦にとって大切なのは一体感であって、この一体感が崩れると信頼関係が崩れていきます。この一体感を保っているのが家の概念です
妻もしくは夫が自分の実家にいつまでもべったりと関わって、妻(夫)をないがしろにしていると、その所属性が曖昧になります。
「この人にとって自分は何なんだろうか」という思いが起こり、不安でさみしい日々を過ごすことになります。夫婦の安心感は「この人は私のために居る」という気持ちから来ます。これが家の概念です。妻の所属する家は夫の居るところであり、夫の所属する家は妻のいるところです。


結婚すると同時に自分の所属する家は変わるという認識が大切です。
実家とのつき合いは今まで通りであっても、精神的に実家離れを確立することによって、夫婦の確かな家が創られていきます

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